香川・榎井の酒『凱陣』
〜幕末の酒聖たちの気概が
〜讃岐の里に息づいている。〜 |
飲む人の心までとらえて離さない酒にはなかなかめぐり会えないものだ。
「讃岐三白」といわれ、良質の米、塩、綿を産出する讃岐地方にあり、全国の地酒ファンをうならせる甘露がある。江戸末期の勤皇の志士、高杉晋作も飲んだという『凱陣』だ。庶民信仰のメッカ、こんぴらさんに隣る榎えな井いにあたる丸尾本店が醸造元。
旧榎井村はこんぴら門前町とは、また違ったニオイを持っている。格子窓や黒壁、白壁の商家が点在し、旅はた籠ごや昔風の農具屋の店が見受けられる。同店は、讃岐に亡命してきた高杉や桂小五郎らと親交が深かった日柳燕石の陰の資金提供者、長谷川佐太郎の造り酒屋「新吉田屋」を現在の社長、丸尾忠男さんの祖父が譲り受けたもの。つくりは江戸時代の商家のままで、からくりを設けた屋敷で有名。同志たちの間で「梧陽堂」と呼ばれていた離れ座敷も現存している。高杉晋作は、ここに潜伏中、幕史がやってきたとき、咄嗟に酒樽に身を投じて逃れたというエピソードがある。
『凱陣』は香川県米の「大瀬戸」と弘法大師ゆかりの満農池の伏流水を利用した、ごく味のある辛口の酒。丸尾忠男さんは昭和39年から吟醸酒づくりを始めた。丁度、他の酒造メーカーが大幅に機械化を導入しだした頃、その流れにさからうかのように、手づくりを守ったのだ。
但馬杜氏の井上道孝さんは、「麹こうじのいい悪いが酒づくりのポイント。麹が悪ければ、いくら醪の中で管理しても、いい酒はつくれません。酒づくりは実際目で見て手で触って、それまでふまえてきた経験を生かし、勘をミックスした作業。気を抜かず、生き物を扱っているんだという、育てる気持ちがなければ駄目です」と、手づくりの味を説く。
特に『大吟醸悦よろこび凱陣』という特別吟醸酒は井上さんら杜氏がほとんど一カ月徹夜して手をかける。59年度新酒鑑評会金賞を受賞した銘品で、一口ふくめばこの酒の個性に引きこまれる。 |